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名古屋地方裁判所 平成5年(ワ)2240号 判決

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 秋田光治

被告 ユニバーサル証券株式会社

右代表者代表取締役 唐澤秀治

右訴訟代理人弁護士 米里秀也

同 名倉卓二

被告 株式会社葵経済研究所

右代表者代表取締役 清川晃

右訴訟代理人弁護士 水野正信

主文

一  被告ユニバーサル証券株式会社は、原告に対し、金三五六万五〇〇〇円及びこれに対する平成五年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告株式会社葵経済研究所は、原告に対し、金四三八万九〇〇〇円及びこれに対する平成五年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用については、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

五  この判決は、第一項及び第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、原告に対し、各自七一三万円及びこれに対する平成五年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告株式会社葵経済研究所は、原告に対し、一六四万八〇〇〇円及びこれに対する平成五年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、被告ユニバーサル証券株式会社(以下「被告ユニバーサル証券」という。)に対し、その担当者が、株式の信用取引における売買注文を執行すべき義務を怠ったとして、債務不履行に基づいて損害賠償を請求するとともに、被告株式会社葵経済研究所(以下「被告葵経済研究所」という。)に対し、不法な勧誘によって原告を被告葵経済研究所に入会させて会費を騙し取ったとするほか、その担当者が、被告ユニバーサル証券の担当者に右の注文不執行を指示して、原告の注文執行を請求する権利を侵害したとして、いずれも不法行為に基づいて損害賠償を請求するものである。

一  争いのない事実

1  原告は、平成四年当時五三歳の主婦であり、他方、被告ユニバーサル証券は、有価証券売買の受託・媒介等を業とする証券会社であり、また、被告葵経済研究所は、有価証券の価値や投資判断に関して顧客に助言することを業とする投資顧問業者である。

2  被告葵経済研究所の従業員である訴外永田功(以下「訴外永田」という。)は、平成四年五月下旬ころ、原告に対し、被告葵経済研究所への入会を勧誘し、原告は、同月二六日、一年間の会費八〇万円に消費税を加えた八二万四〇〇〇円を被告葵経済研究所に送金して、その会員となった。

また、原告は、訴外永田らに勧誘されて、同年六月二四日ころ、被告葵経済研究所の総合プロジェクト会員に入会することとし、右会員の年会費は二四〇万円であるところ、既に支払済みの八〇万円との差額一六〇万円のうちの八〇万円に消費税を加えた八二万四〇〇〇円を被告葵経済研究所に送金した。

3  原告は、右のように被告葵経済研究所の総合プロジェクト会員になった際、株式の信用取引を行うこととし、そのため、訴外永田から被告ユニバーサル証券の訴外中田太郎(以下「訴外中田」という。)を紹介され、そのころ、被告ユニバーサル証券において、原告の夫である訴外新垣勉(以下「訴外勉」という。)名義で信用取引口座を開設した。

4  その後、原告は、訴外永田から教示を受けて、被告ユニバーサル証券において、同年七月七日、三菱銀行株式三〇〇〇株を一株一五九〇円で信用売建し、同月一三日、伊勢丹株式一〇〇〇株を一株一四八〇円で信用売建し、同月二〇日、同じく伊勢丹株式二〇〇〇株を一株一五三〇円で信用売建した。

5  原告は、同年八月二七日、信用売建していた右の三菱銀行株式三〇〇〇株について、一〇〇〇株を一株二二二〇円で、一〇〇〇株を一株二二〇〇円で、一〇〇〇株を一株二一八〇円でそれぞれ決済し、また、同じく信用売建していた右の伊勢丹株式三〇〇〇株について、同年九月一日、一〇〇〇株を一株三一五〇円で、二〇〇〇株を一株三〇一〇円でそれぞれ決済した。

6  なお、原告は、被告ユニバーサル証券に対し、平成四年一一月一六日、訴外中田が原告の同年八月一三日の決済注文を執行しなかったことを理由として、これによって被ったとする七一三万円の損害を賠償するように請求した。

二  争点及び当事者の主張

1  原告が平成四年八月一三日に全建玉の決済注文をしたか否か。

(一) 原告の主張

(1)  原告は、被告ユニバーサル証券の担当者であった訴外中田から、平成四年八月一三日の夜、電話による連絡を受け、その時点で、三菱銀行株式の建玉には含み損が出ているものの、伊勢丹株式の建玉には含み益があるので、双方を決済すれば、五〇万円程度の利益を得ることができるが、そのまま放置して三菱銀行株式の株価が値上がりを続けると、追証を必要とする事態になるおそれもあるから、処分した方がよいとする趣旨の助言を受けた。

そこで、原告は、損失の発生を回避しようとして、訴外中田に対し、三菱銀行株式及び伊勢丹株式を全て決済するように注文したが、これは、翌一四日朝の寄付に成行で決済すべきことを注文したものと解すべきものである。

ところが、訴外中田は、被告葵経済研究所の担当者であった訴外永田が右決済に反対であったため、原告の右注文を執行せずに放置した。このように訴外中田が原告の注文を執行しなかったのは、訴外中田と訴外永田が旧知の間柄であって、訴外永田が訴外中田に顧客を紹介する一方、訴外中田は顧客の注文ではなく訴外永田の注文によって取引を執行するという馴合の慣行ができていたためである。要するに、訴外永田と訴外中田は、共謀して原告の注文執行を妨害したものである。

(2)  右のとおり、被告ユニバーサル証券には、顧客の注文を忠実に執行すべき証券取引委託契約上の義務を怠った債務不履行があり、また、被告葵経済研究所は、その従業員である訴外永田が、原告の右注文を訴外中田が執行するのを妨害したのであるから、不法行為責任(使用者責任)を負うこととなる。

そして、平成四年八月一四日の寄付の三菱銀行株式及び伊勢丹株式の株価は、三菱銀行株式が一株一七七〇円、伊勢丹株式が一株一一一〇円であったから、原告が実際に決済した際の前記の株価と比較すると、右両株式ともに値上りしているので、その損益の差額(三菱銀行株式が一二九万円、伊勢丹株式が五八四万円、合計七一三万円)が、右の注文不執行によって原告が被った損害となるものというべきである。

(二) 被告ユニバーサル証券の主張

被告ユニバーサル証券の担当者である訴外中田は、平成四年八月一三日の夜に、原告に対して、電話で原告の建玉の状況について報告し、その際、その時点で三菱銀行株式及び伊勢丹株式の両者を決済するのも一つの考え方であるとする訴外中田の意見を述べた。すると、原告は、訴外中田の右意見に従って決済する意向を示したが、その意思は曖昧であり、また、原告が被告葵経済研究所の担当者であった訴外永田の助言を得て投資していることを知っていた訴外中田としては、原告が訴外永田の助言をも受けた上で明確な投資判断をしてから、その注文を受けるべきだと考えたので、原告に対し、訴外永田と連絡を取った上で決定するように勧めたところ、原告は、右の訴外中田の勧めに従って考え直すことを了解した。しかし、原告からは、その後、何ら具体的な指示はなく、前記のとおり、同年八月二七日及び同年九月一日に至って原告の建玉が決済されることになったものであるが、その際にも、原告からは何ら苦情はなく、追証の入金や決済損金の清算も円滑に行われていた。

右のとおりであるから、結局、原告が同年八月一三日に決済の注文をした事実はなく、被告ユニバーサル証券には何ら債務不履行はない。

なお、訴外中田は、訴外永田とは一度名刺交換をしたことがあるだけであり、原告の主張するような馴合の慣行などはなかった。

(三) 被告葵経済研究所の主張

右(二)の被告ユニバーサル証券の主張のとおり、原告が同年八月一三日に決済の注文をした事実はないから、被告葵経済研究所の担当者であった訴外永田が右注文の執行を妨害したということもあり得ない。

なお、仮に、原告が右注文をしていたとしても、訴外永田は、原告からも訴外中田からも右注文に関して何ら相談を受けておらず、訴外永田が右注文の執行を妨害したという事実もない。

また、被告ユニバーサル証券の主張するとおり、訴外永田は、訴外中田とは特別な関係にはなかった。

2  被告葵経済研究所が原告から会費名目で金員を詐取したか否か。

(一) 原告の主張

被告葵経済研究所は、専門的な投資分析者を全く置いておらず、趣味的な分析で買(建)銘柄を指示するだけで、その決済の指示を出すことはしないという態勢になっており、相当な投資助言をなし得る組織態勢を整備しているとは決していうことができないのにも拘わらず、その従業員である訴外永田は、原告に対し、被告葵経済研究所と投資顧問契約を締結すれば、的確な指示によって必ず利益を上げることができるかのように装って勧誘し、さらに、投資に関する助言内容に特段の差異がある訳ではないのに、会員をランク分けし、当初は会費が比較的低額の会員に勧誘した後、会費がより高額の上級会員になれば特別な助言を得ることができるかのように装って、原告をランクアップさせ、結局、高額の会費を原告から騙し取ったものである。このことは、原告の五〇〇万円程度の運用資産の額に比して右会費(顧問料)が高額に過ぎ、右資産の合理的な運用では、およそ運用成果を得ることが期待できないことに照らしても明らかであって、右会費の額は、被告葵経済研究所には、そもそも適正な投資助言をする意思がなかったことを示すものであるというべきである。

なお、訴外永田は、右勧誘に際し、原告に対して、有価証券に係る投資顧問業の規制等に関する法律(投資顧問業法)によって契約締結前に交付すべきものとされている書面や投資顧問契約書を交付することなく、会費を送金させており、また、総合プロジェクト会員に勧誘する際、追加して支払うべき会費の半額の支払を猶予するという特別の利益を提供する旨を約して勧誘している。

したがって、原告が被告葵経済研究所に支払った会費名目の金員は、被告葵経済研究所の従業員である訴外永田の右のような詐欺的勧誘によって詐取されたものであるというべきであるから、原告は、被告葵経済研究所の従業員である訴外永田の右不法行為によって、右の会費名目で支払った一六四万八〇〇〇円の損害を被ったものというべきである。

(二) 被告葵経済研究所の主張

被告葵経済研究所は、一定の人的組織を有し、公式、非公式な情報を収集して、これを独自に分析し、会員に対して投資判断等に関する助言をしているものであって、また、組織の大小や情報分析能力の優劣等をもって投資顧問業者に対する評価をすることは意味のないことであるから、被告葵経済研究所が、あたかも詐欺的な投資顧問業者であるとする原告の主張は極めて不当である。

また、被告葵経済研究所においては、会員を、相談会員、総合プロジェクト会員、資産運用会員の三種類に区別しているが、これは、助言の対象となる有価証券の種類、信用取引を対象とするか否かなどの投資手法の差異、運用資産額などによって区別しているものであって、原告の主張するような詐欺的制度ではない。そして、原告が総合プロジェクト会員になったのは、訴外永田が原告に対して、株式市場が先安の情勢となっていた情況において、信用取引によって利益を得る方法があることを教示したところ、原告がこれに興味を示し、原告から信用取引をも助言の対象とする総合プロジェクト会員に入会したいとする申出があったためである。

さらに、原告は、他の投資顧問業者の会員になっていたこともあり、投資顧問業者の助言が如何なるものであるかを承知していたものであって、その助言に従うか否かは顧客である原告の任意の判断によるものであることや、利益を獲得し得る保証はないことなども承知しており、さらに、被告葵経済研究所との投資顧問契約においては、被告葵経済研究所が助言に関して何ら責任を負わないとされていることを知悉していたものであるから、結果として損失を被ったからといって、損害賠償を請求することができないことも知っていたものである。

右のとおりであって、被告葵経済研究所が原告を欺罔したなどということは全くない。

なお、訴外永田は、原告と投資顧問契約を締結し、会費の送金を受ける前に、投資顧問業法によって事前に交付すべきものとされている書面を郵送しており、また、右会費の送金を受けた日に投資顧問契約書を郵送したが、結果的に、原告から右契約書の返送を受けることができなかったものである。

3  過失相殺(被告葵経済研究所の予備的主張)

仮に、原告が平成四年八月一三日に決済の注文をしており、訴外永田が右注文の執行を止めさせたとしても、右注文自体が極めて抽象的なものであるし、また、原告は、その執行の確認もせずに放置していたものである。

また、仮に、原告が被告葵経済研究所との間で投資顧問契約を締結した際、訴外永田が事実に反する説明をして勧誘したことがあったとしても、原告は、投資顧問契約書の内容を理解しており、右契約にクーリングオフ条項が存在することも承知していたものである。

したがって、原告にも過失があることが明らかであるから、過失相殺をすべきである。

第三争点に対する判断

一  原告の被告らとの間における取引の経過について

甲一号証の一ないし三、甲四号証の一、甲一〇ないし一二号証、乙一ないし八号証、丙一号証の一、丙二、三号証の各一、二、丙四、五、七、九、一〇、一三、一四号証、証人中田太郎、証人永田功、原告本人と前記の争いのない事実によれば、次の事実を認めることができる。

1  原告は、昭和一四年一二月二五日生まれで平成四年当時五三歳であったが、主婦として家事を行う傍ら、薬局の管理薬剤師としてのパート勤務にも従事していた。

原告は、昭和六二年一〇月ころ、預貯金より利回りの良い貯蓄であるという意識のもとに、野村證券名古屋支店において投資信託を購入し、その後、株式取引をしていた知人らの話を聞いて、平成元年七月ころ、野村證券金山支店や第一証券等において現物株式の取引を開始した。但し、そのころの原告の取引は、第一証券において、右証券会社の担当者から推奨されるままに、短期間に一定の取引を繰返したことがあったものの、その余は、年間に数回程度、現物株式の取引をする程度であった。なお、右取引においては、原告名義と原告の夫である訴外勉の名義とを適宜使い分けていた。

また、原告は、株式取引を始めたころ、東山経済研究所という投資顧問業者の会員になったことがあり、半年間で一二万円の会費を支払って、三銘柄についての助言を得たことがあったが、格別の利益を得ることなく、半年の右期間が満了したので、右投資顧問契約は終了した。そして、原告は、東山経済研究所においては、値上りの期待できそうな推奨銘柄の教示を受けることができるが、その助言に従った取引をするか否かは原告の任意であり、助言に従った取引によって損失を被ったとしても、東山経済研究所には一切責任がないことを理解していた。したがって、原告は、右助言による取引で利益を得ることができず、東山経済研究所に対して不満を抱いていたが、やむを得ないことと考えていた。

2  原告は、平成四年五月二一日に、被告葵経済研究所の担当者である訴外永田から電話を受け、無料で持株の銘柄診断を行っているという誘いに応じて、持株の銘柄を伝えたところ、訴外永田は、当時原告が保有していた大型の優良株は値動きに乏しいとし、被告葵経済研究所では、種々の情報を収集・分析しており、短期間で利益を得ることのできる銘柄を的確に助言することができるとして、被告葵経済研究所への入会を勧誘した。

そして、訴外永田は、翌日、原告方に、被告葵経済研究所の業務内容や顧問料などを記載した投資顧問業法一四条所定の書面や、他の投資顧問業者や証券会社の推奨を批判し、被告葵経済研究所は、投資者の最後の駆け込み寺になるとの理念で設立されたものであり、会員の利益を追求するために調査・分析・研究を行っているなどとするパンフレットを郵送するとともに、再び原告に電話を架け、原告に対して、被告葵経済研究所の会員で相当の利益を上げている例があることなどを話し、また、訴外永田が責任をもって必ず儲けさせるとし、原告の投資資金が五〇〇万円であると告げられると、一年で一〇〇〇万円にするなどとして勧誘した。さらに、訴外永田は、原告に対して、持株を処分するように助言した。

原告は、訴外永田の勧誘が自信に満ちたものであると感じ、また、送付された右のパンフレットを読んで、専門家の助言を受けなければ損をするのではないかと考えるようになり、被告葵経済研究所に入会することとし、同月二六日、一年間の会費八〇万円に消費税を加えた八二万四〇〇〇円を被告葵経済研究所に送金した。また、原告は、同月二五日、訴外永田の助言に従って、当時保有していた株式を、富士電機冷機の株式を除いて、売却した。

なお、原告が右のとおり会費を送金した後、被告葵経済研究所から投資顧問契約書が原告に送付されたが、原告は、右契約書中に、被告葵経済研究所の助言によって取引をするか否かは原告の任意であり、右助言に従った取引において原告が損失を被ったとしても、被告葵経済研究所は責任を負わない旨の条項があったため、訴外永田の勧誘の際の言動とは異なって責任逃れをしているように感じ、右契約書に署名押印して返送することはしなかった。また、右契約書中には、契約締結後一〇日以内であれば解除できる旨のクーリングオフ条項も存在し、原告は、それを認識していたが、訴外永田の助言に従って持株を処分し、会費も送金していたため、右条項に基づいて、被告葵経済研究所との投資顧問契約を解除することはしなかった。

さらに、原告は、以前の東山経済研究所における経験もあって、被告葵経済研究所からは助言を受けるだけであり、実際に株式取引の注文を行うのは原告自身であることを理解していた。

3  右のとおり、原告が被告葵経済研究所の会員となった後、訴外永田は、同年五月二七日に、原告に対して、ダイセル化学工業の株式四〇〇〇株の買付を助言し、原告は右助言に従って、同日、右株式を購入した。

また、訴外永田は、同年六月九日、原告に対して、日本プロセス株式という新規公開株の入札を助言し、原告は右助言に従って入札を試みたが、落札はできなかった。

4  その後、右のダイセル化学工業の株価の値動きが芳しくなく、全体の株式市況が値下り傾向にあったため、訴外永田は、現物株式の購入によって利益を獲得するのは困難な状況にあると判断し、原告に対して、信用取引によって空売りすれば、株価が下落している局面においても利益を得ることができることを説明したところ、原告が興味を示したので、さらに詳しい説明をするため、原告に被告葵経済研究所への来訪を促した。

そこで、原告は、同年六月二二日ころ、被告葵経済研究所に赴き、訴外永田と、その上司である訴外冨岡三喜男から、株式市況の動向や信用取引について説明を受け、また、被告葵経済研究所において信用取引についての助言を受けようとすれば、一般の会員である相談会員ではなく、総合プロジェクト会員になることが必要だとする説明を受けて、総合プロジェクト会員として入会するように勧誘された。そして、原告は、訴外永田らから、総合プロジェクト会員の会費は一年間二四〇万円であるから、既に支払済みの八〇万円の会費との差額一六〇万円が新たに必要であると説明されたが、一六〇万円の資金を用意するのは困難であると答えると、その半額を取り敢えず入金し、残金は利益が出てからでよいと告げられたので、総合プロジェクト会員として入会し、信用取引を行うこととした。

そこで、原告は、同月二四日、右会費の半額分として八〇万円と消費税二万四〇〇〇円の合計八二万四〇〇〇円を被告葵経済研究所に送金した。

5  また、原告は、信用取引を行うため、以前取引のあった第一証券に赴いて信用取引口座の開設を申込んだが、五〇〇万円程度の資金で、しかも女性名義の口座は開設できないとして断られた。

そこで、原告は、その旨を訴外永田に伝えたところ、訴外永田は、従前から顧客を紹介したりするなどの付き合いがあった被告ユニバーサル証券の訴外中田と連絡を取り、原告を紹介した上、原告の信用取引口座の開設を依頼したが、訴外中田から、被告ユニバーサル証券においても女性名義の信用取引口座の開設は困難であると説明され、結局、原告に対して、原告の夫である訴外勉名義で、被告ユニバーサル証券において口座を開設するように指示した。

他方、訴外中田は、同年六月二九日、予め原告と連絡を取った上で原告方を訪問し、原告に対して信用取引についての概略を説明した上で、訴外勉名義の信用取引口座を開設した。

なお、訴外中田と訴外永田とは、以前からの知り合いであり、情報交換がてら連絡を取り合ったり、訴外中田が、訴外永田から顧客の紹介を受ける一方、訴外中田は、事実上、訴外永田の意思を尊重してその顧客の取引を行うなどというような関係にあった。

6  右のようにして、原告が訴外勉名義で信用取引口座を開設した後、訴外永田は、原告に対して、同年七月一日、サンテレフォン株式の信用売建を指値で行うように助言したが、これは約定に至らなかった。

その後、前記の争いのない事実のとおり、訴外永田の助言に基づいて、原告は、被告ユニバーサル証券において、同月七日、三菱銀行株式三〇〇〇株を一株一五九〇円で信用売建し、同月一三日、伊勢丹株式一〇〇〇株を一株一四八〇円で信用売建し、同月二〇日、同じく伊勢丹株式二〇〇〇株を一株一五三〇円で信用売建した。

そして、右建玉の価格は、三菱銀行株式については、同年八月一三日にかけて概ね徐々に値上りして、終値が、一株一八〇〇円前後となっており、右一三日の終値は、一株一七八〇円となっていたものであり、また、伊勢丹株式については、同年八月六日ころまでは概ね終値が一株一五〇〇円台であったところ、同月七日ころから値下りし始め、同月一一日の終値が一株一一四〇円、同月一三日の終値が一株一一三〇円となっていた。

右のような状況において、訴外永田は、同月一一日ころ、原告に対し、伊勢丹株式が値下りしてきたので、そろそろ利食いの決済を考える時期に来たが、さらに値下りを期待できるから様子を見た上で再び連絡する旨の市況報告をした。

7  他方、訴外中田は、同月一三日、原告に対して市況報告をするため、原告に電話をし、相場全体の動きや原告の建玉の値動きについて説明した後、三菱銀行株式については、右のとおり値上りしており、同株式がアメリカにおいても上場されていることや他の銀行と比較して同銀行の不良債権が少ないことから考えると、同株式が今後値下りして原告に利益をもたらす可能性は少ないとする旨の意見を述べ、併せて同株式については逆日歩が発生していることを伝えるとともに、伊勢丹株式が値下りして利益を生じているから、原告の建玉は全体として若干の利益を得ることができる状況にあるので、原告の建玉全体を決済してはどうかという意見を述べた。

そこで、原告は、逆日歩の負担や、三菱銀行株式がさらに値上りして損失が拡大することを回避しようと考え、訴外中田の右意見に従って、原告の建玉全体を決済することとし、訴外中田に対して、その意見のとおりにして貰いたいとする旨の返答をし、訴外中田はこれを了解した。

なお、この際、原告が訴外中田に対して、伊勢丹株式については同月一一日の訴外永田との相談で決済されている筈だとする旨の疑問を示すような態度を取ったことは一切なかった。

8  訴外中田は、翌一四日、訴外永田に連絡を取って、原告の右意向を伝えたところ、訴外永田は、伊勢丹株式はさらに値下りする筈であるとして、原告の建玉の決済に反対した。そこで訴外中田は、原告が訴外永田の助言に基づいて取引をしている以上、訴外永田の了解がなければ注文を執行すべきではないと考え、結局、原告の建玉全部を決済するという右注文は執行されなかった。

また、訴外永田は、同月一五日に、原告に対して、夏期休暇を取る旨の連絡をしたところ、原告から建玉の決済をしなかった理由を問われ、同様に、伊勢丹株式がさらに下落するという見通しを述べて、建玉の決済をしないようにとする助言をした。

そして、原告は、訴外永田が決済に反対し、訴外中田が訴外永田の右意見に従って決済してくれないので、取るべき手段がないと思い込み、結局、そのままの状態で放置することとなった。

9  その後、政府から総合景気対策が発表されたことなどを契機として、株式市況は同月二〇日ころから高騰することとなり、原告の建玉のうち、三菱銀行株式はさらに値上りし、また、伊勢丹株式も一転して急騰することになったため、同月二七日、原告の建玉は、九万八〇〇〇円の追証を必要とする状態となった。そして、原告には、追加資金を投下して建玉を維持するだけの資金力がなく、その意思もなかった。

そこで、訴外中田は、建玉を維持することができない以上、決済するほかないので、同月二七日、原告の了承を得て、担保余力を高めるために保証金代用有価証券として預託されていたダイセル化学工業の株式二〇〇〇株を売却して現金化したが、それにも拘わらず、追証が解消されそうにないので、三菱銀行株式三〇〇〇株の決済を原告に勧めたところ、原告は全建玉の決済を申し出た。しかし、訴外中田は、訴外永田が建玉決済に反対しており、特に伊勢丹株式は維持すべきだという意見であったので、三菱銀行株式のみを決済することとして、同日、前記の争いのない事実のとおり、一〇〇〇株を一株二二二〇円で、一〇〇〇株を一株二二〇〇円で、一〇〇〇株を一株二一八〇円でそれぞれ決済した。

しかし、右によっても原告の建玉は決済損金を免れない状態であったため、訴外中田は、原告の了解を得て、同月三一日、保証金代用有価証券となっていたダイセル化学工業株式の残り二〇〇〇株と富士電機冷機の株式一〇〇〇株を売却し、追証として計六一万三〇〇〇円の入金を受けたが、それでも状況は好転しなかったため、ついに、同年九月一日、残っていた建玉である伊勢丹株式三〇〇〇株についても、前記のとおり、一〇〇〇株を一株三一五〇円で、二〇〇〇株を一株三〇一〇円で決済した。なお、右によっても、原告には決済損金が発生したため、原告は被告ユニバーサル証券に対し、同日、一〇四万五七七四円の決済損金を支払って、これを清算した。

なお、原告は、右のように保証金代用有価証券を売却したり、追証を入金したり、決済損金を支払った際、訴外中田に対して何ら苦情を述べることはなかった。

二  争点1(平成四年八月一三日の全建玉の決済注文の有無)について

1  右一7において認定したとおり、原告は、平成四年八月一三日に、全建玉を決済してはどうかという訴外中田の意見に従って、全建玉を決済して貰いたいとする趣旨の意思を表明していることが認められるところ、甲一二号証、証人中田太郎の証言中には、訴外中田は、以前、原告から訴外永田が助言してくれないとする趣旨の不満を聞いていたので、原告に対して市況の報告をしようと考え、右一三日の夜、退社の途中で公衆電話から原告に電話を架けて、市況の報告をするとともに、その時点で全建玉を決済するのも一つの考え方であるという、その際に思いついた意見を述べたところ、原告から右意見のとおりに決済して貰いたいとする旨の返答を受けたものの、訴外永田の意見を求めようとしない原告の態度に戸惑い、訴外永田の助言の有無を確認するとともに、訴外永田と相談した上で注文を出すことを勧めたところ、原告はそれを了解したので、結局、右時点では、原告から全建玉を決済するという注文は出ていないことになるとする部分がある。

しかしながら、甲四号証の一、甲一一、一二号証によれば、訴外中田は、同年九月ころに本件の経緯を原告や原告代理人に説明した際、右一三日の夜に原告から決済の注文は受けたが、投資顧問業者である被告葵経済研究所の訴外永田の助言を得て取引をしている原告の場合には、訴外永田の意向を無視することはできないから、訴外中田自身も訴外永田と連絡を取るので原告からも連絡を取ってくれという趣旨の話をした筈であると説明していること、訴外中田は、右説明のとおり、訴外永田の意見を無視した形で原告から注文を受けることはできないと考えていたことが認められ、そうすると、仮に、同月一三日の右の電話による会話の中で、訴外中田が原告に対して訴外永田と連絡を取って欲しいとする趣旨の発言をしていたとしても、それは、訴外永田と相談の上で改めて注文を出すように勧めたというより、単に訴外永田に連絡すべき旨を述べたに過ぎないというべきであって、訴外中田の内心の意思が如何なるものであったかは別として、右によって原告が注文を撤回したことにはならないといわざるを得ないところであるのみならず、そもそも、証人中田太郎の右証言部分等によると、訴外中田は、訴外永田からの助言がないとする原告の不満を聞いていたから電話したとするのであるから、まず、訴外永田からの助言の有無を確認するのが自然であるというべきであるのに、市況報告やそれに基づく自らの意見を述べた後に、右助言の有無を確認したとする点において相当に不自然であるし、また、右認定のとおり、訴外中田は、訴外永田の意見を無視した形で原告から注文を受けることはできないと考えていたのであるから、訴外永田という然るべき助言者の存在する原告に対して、自らの意見に基づいた取引の推奨をすること自体が矛盾する態度であることになり、この点においても、右電話の経緯に関する証人中田太郎の右証言部分は、相当に不自然であって、採用できないといわなければならない。むしろ、甲一〇ないし一二号証、原告本人によれば、原告は、一貫して、右電話の際には訴外永田に関する話は一切なかったとしていることが認められることと、右電話において、訴外中田が、まず市況報告をし、その上で自らの意見を気安く伝えていることが窺われることに照らすと、訴外中田は、右電話の際、原告が訴外永田から紹介された顧客であり、したがって、訴外永田の意思を無視して注文を受けることができないと考えていた顧客であることを失念しており、訴外中田が担当している一般の顧客に対するのと同様に対処し、前記認定のとおり原告から注文を受けたが、右電話の後に、原告が訴外永田の顧客であったことを思い出して、訴外永田の了解が必要であると考え、原告の右注文を訴外永田に伝えたところ、訴外永田から、原告の建玉を決済することに反対された結果、右注文の執行に至らなかったものと推認するのが自然であるというべきである。

したがって、原告が注文を撤回したから、結局、右注文はなかったことになるとする証人中田太郎の前記証言部分は採用できない。

2  次に、被告らは、訴外中田と訴外永田とは、以前に一度面識があるだけであるから、そもそも、原告を差し置いて、右両名だけで原告の建玉の管理や処分をするような関係にはなかったと主張し、証人中田太郎、同永田功の各証言中には、訴外中田と訴外永田とは、訴外永田が以前勤めていた投資顧問業者に、訴外中田が飛び込みで営業に行ったとき、名刺交換をしたことがあるだけであり、その後、訴外永田が原告を訴外中田に紹介するまで、顧客の紹介や私的な付き合いは全くなかったとする部分がある。

しかし、甲一二号証によれば、訴外中田は、本件に関し、原告及び原告代理人に事情を説明した際、前記認定のとおり、訴外永田とは以前からの知り合いで、情報交換がてら連絡を取り合ったり、訴外永田から顧客の紹介を受ける一方、訴外中田は、事実上、訴外永田の意見を尊重してその顧客の取引を行うなどというような関係にあったことを自認し、その旨の説明をしていたことが認められるほか、右証言部分のとおりであるとすると、訴外永田は、前記認定のとおり、信用取引を行うために必要であるという理由で原告を総合プロジェクト会員に入会させていたのであるから、原告に信用取引口座を開設させることが必要不可欠であったというべきであるのに、他の証券会社で右口座の開設を断わられた原告について、一度名刺交換をしただけで当てになるか否か不明であるといわざるを得ない訴外中田に、右の口座開設を依頼したことになるが、これは極めて不自然であるといわなければならず、これらの点に照らすと、証人中田太郎、同永田功の前記各証言部分はいずれも採用できないというべきである。

したがって、被告らの右主張は採用できない。

3  なお、証人中田太郎の証言中には、同月一三日の右の電話の際、訴外中田は、三菱銀行株式がアメリカにおいても上場されていることや他の銀行と比較して同銀行の不良債権が少ないこと、同株式については逆日歩が発生していることは伝えたが、同株式が今後値下りして原告に利益をもたらす可能性は少ないとする旨の意見を述べたことはないとする前記認定に反する部分があるところ、同証言中には、同株式や伊勢丹株式の今後の動向について原告から尋ねられたとする部分もあり、そうすると、右のように三菱銀行株式に関する情報を伝え、その株価の動向について尋ねられているのに、それに関する意見だけは述べなかったということとなって、これは相当に不自然であるといわなければならないから、右証言部分を採用することもできない。

4  また、甲一〇号証、原告本人の供述中には、同年八月一一日に、訴外永田から、伊勢丹株式で利益が出ているので、翌日にこれを買い戻して決済する注文を出したいとする連絡があり、原告は、訴外永田の右申出を了承したから、その時点で伊勢丹株式は決済されているものと考えていたとする部分、同月一三日に訴外中田から電話を受けた際には、訴外中田は、将来追証が発生する危険があることや、高額の逆日歩が発生していることを理由に、ただならぬ緊迫した雰囲気で建玉の処分を勧めたとする部分がある。

しかしながら、まず、同月一一日に訴外永田が伊勢丹株式の買戻し決済の注文を出すと連絡してきたとする点については、前記認定のとおり、訴外永田は、その後、伊勢丹株式はさらに値下りする筈であるという理由で、その決済に反対する意見を固持していたのであり、訴外永田が右時点でこれを決済する意見を持っていたとするのは前後矛盾するといわざるを得ず、また、前記認定のとおり、原告は、取引の注文を行うのは原告自身であり、訴外永田が直接注文するものではないことを理解していたし、それまでも、訴外永田の助言に従って原告自身が注文していたのに、右の場合だけは訴外永田が直接注文することになったとするのも不自然であって、さらに、前記認定のとおり、同月一三日に訴外中田から三菱銀行株式と伊勢丹株式の双方の建玉を決済してはどうかとする助言を得た際に、原告は、伊勢丹株式は決済が終わっている筈だという疑問を示す態度を何ら取っていないことに照らしても、原告本人の前記供述部分等は、前後矛盾し不自然であるから、これを採用することはできない。また、同月一三日に、訴外中田が損失の発生を危惧して、緊迫した雰囲気で建玉の決済を勧めたとする点についても、右一6において認定した三菱銀行株式及び伊勢丹株式の値動きに照らすと、右時点では、伊勢丹株式の下落によって、原告の建玉が漸く利益を生じてきたところであったというほかなく、したがって、追証が発生することをさほど危惧しなければならない状況にはなかったというべきであるから、原告本人の前記供述部分等は不自然であるといわざるを得ず、これも採用することができない。

ところで、被告らは、原告本人の右供述部分等の不自然さをもって、特に、同月一三日に訴外中田が緊迫した雰囲気で建玉の処分を勧めたとする部分の不自然さを理由に、原告本人の供述等は採用できないとして、建玉の決済注文はなかったとする旨の主張をするところ、右に説示したとおり、右供述部分等は確かに不自然であるが、これは、原告が、被告らの不当性を思う余り、同月一一日の訴外永田の市況報告を決済注文を出す趣旨であったと変容して記憶化したり、追証が発生した段階での訴外中田の様子を、訴外中田が決済を勧めたという点では同じ状況であった同月一三日のものと混同して記憶化したものと理解することもでき、原告本人の右供述部分等の不自然さをもってしても、前記認定を覆すまでには至らないものというべきである。

5  そして、その他、前記一における認定を覆すに足りる証拠はない。

なお、被告らは、原告が同月一三日にしたとする注文は、処分の対象となっている銘柄や処分すべき株式数、成行注文か指値での注文かなどの点において極めて曖昧であり、取引の注文であるということのできないものであると主張するが、右認定によれば、原告の建玉は二銘柄しかないのであり、その全体を決済してはどうかという訴外中田の意見に対して、原告がその意見のとおりに処分する意思を表明しているものというべきであるから、このような場合には、全建玉を翌朝の寄付の成行で決済する趣旨の注文と解するのが証券取引の一般的な扱いであるといわざるを得ず、甲一二号証によれば、訴外中田も、右の趣旨の注文となるものと理解していたことが認められるから、被告らの右主張は採用できない。

6  そうすると、前記認定によれば、原告は、訴外中田に対して、同月一三日に、全建玉を翌朝の寄付の成行で決済する旨の注文を行ったものの、訴外中田が右注文がなされたことを訴外永田に連絡し、これに訴外永田が反対したため、結局、原告の右注文が執行されなかったものというべきである。

ところで、証券取引委託契約上、証券会社が顧客からなされた注文を忠実に執行すべき債務を負っていることは多言を要しないところであるから、被告ユニバーサル証券は、その従業員で履行補助者となる訴外中田の右行為により、右契約上の債務を怠ったものというほかないところである。

また、投資顧問業者は、顧客に対し、有価証券の価値や投資判断に関して助言をすることができるだけであって、顧客の意思に基づく注文があるのに、その顧客の意思に反して、その執行を止めさせることはできないのであるから、被告葵経済研究所の従業員であった訴外永田は、訴外中田から原告が右注文を行った旨の報告を受けた際には、たとえ反対の意見をもっていたとしても、直ちに原告と連絡を取り、原告を説得して、その結果、原告が右注文の撤回を自らの意思で行うのであれば格別、訴外中田に対しては、右注文の執行に了解を与えるべきであったというべきであり、訴外永田が、訴外中田と前記認定のような関係があることを前提として、訴外中田に右注文の執行に対する反対意見を述べて、その執行を思い止まらせたのは、原告の注文執行を求める権利を妨害する不法行為になるものといわざるを得ないところである。したがって、被告葵経済研究所は、その従業員である訴外永田の右不法行為に基づいて、使用者責任を負うものというべきである。

三  争点2(被告葵経済研究所の会費名目での金員詐取の有無)について

1  原告は、前記のとおり、被告葵経済研究所は、まともに投資助言をする意思も能力もないのに、これがあるかのように装い、かつ、会員をランク別し、当初は会費の低額な会員に勧誘した後、より高額の会費を要する会員にランクアップさせて、結局、会費名目で金員を詐取したものであると主張する。

確かに、前記認定によれば、被告葵経済研究所の訴外永田は、原告に対し、無料で銘柄診断を行うなどと称して会員への勧誘を行い、必ず利益を上げることができるかのように申し出て、原告を相談会員に入会させ、約一か月を経過すると総合プロジェクト会員への入会を勧誘しており、また、原告の投資資金が五〇〇万円であることを知っていたのに、年会費が二四〇万円も必要となる総合プロジェクト会員への入会を勧誘しているのであるから、訴外永田は、原告の資産の合理的な運用を助言するというよりは、専ら会費の獲得を目的としていたものと推認せざるを得ないところである。

しかし、乙四、七、八号証、証人二村清仁によれば、被告葵経済研究所は、一定の人的組織と物的設備を有し、将来新規上場の見通しがあり成長の期待できる店頭株式を中心に、その将来性などを独自に判断するという観点に基づいて、投資顧問業を営んでいるものであり、また、被告葵経済研究所においては、その会員を相談会員、総合プロジェクト会員、資産運用会員の三種類に区別しているが、これは助言の対象となる有価証券の種類や投資手法の差異に基づいて区別しているものであって、相談会員に対しては、上場株式及び店頭株式の現物売買についての助言をし、総合プロジェクト会員に対しては、その他に外国株式や転換社債、新規上場株式などをも対象とし、また、信用取引による空売りなどの手法についても助言をするとされ、さらに、資産運用会員は運用契約額が三〇〇〇万円以上の者を対象とするものであるとされていることが認められ、そうすると、右のように訴外永田が専ら会費の獲得目的で原告を勧誘しており、また、前記認定のように、原告が未だ相談会員に過ぎなかった段階で、原告に対し、新規上場株式を対象とした助言を行っていることに照らすと、右の会員の区別にも不明朗な部分があるものの、原告の主張するように、被告葵経済研究所が投資助言をする意思も能力もないのに、ランク別会員制度などを利用して、会費名目で金員を騙取する企図を有していたことまでを認めるには足りないというべきである。

なお、甲一〇号証、原告本人の供述中には、平成四年六月二二日ころ、原告が被告葵経済研究所に赴いて、その総合プロジェクト会員になった際には、信用取引を行うという話は全くなかったとし、顧問料の安い相談会員では充分な指導を受けられず、総合プロジェクト会員になれば、より上質の情報に基づいた助言を得られるかのように説明されて勧誘されたとする部分、被告葵経済研究所を退出する間際になって、訴外永田から五〇〇万円の資金で証券会社に信用取引口座を開設するように指示され、原告が取引をしていた第一証券で右口座を開設できなければ、訴外永田の知り合いの証券会社に依頼できるとする旨の説明を受けたとする部分など、原告の右主張に沿う部分がある。しかしながら、前記認定のとおり、原告は、総合プロジェクト会員として入会することにした後、直ちに第一証券に赴いて信用取引口座の開設を依頼しているところ、信用取引について何ら説明を受けず、その内容を理解しないまま、直ちにその口座開設の申込をしたというのは、如何にも不自然であり、甲一〇号証、原告本人の供述中には、同年六月二二日に原告が被告葵経済研究所を訪問した際には、訴外永田らから株式市況は全体に値下り傾向にあるとする説明を受けたとする部分や、被告ユニバーサル証券において信用取引口座を開設する際にも、信用取引の内容の説明はなかったとしながら、同年八月一三日に訴外中田から逆日歩が発生していることや追証が発生する可能性があると説明された際に非常な危機感を抱いたとする部分もあるところ、株式市況が全体に値下り傾向にある状況で利益を上げるとする説明があったとすれば、信用取引における空売りの手法の説明があったとするのが自然であるし、また、それまで全くといって良いほど信用取引につての説明を受けていないのに、逆日歩や追証の意味を感得して危機感を抱いたとするのも不自然であり、原告本人の前記供述部分等は採用できないというほかない。

そして、他に、原告の右主張に沿う事実を認めるに足りる証拠はない。

2  しかし、既に認定し説示したように、被告葵経済研究所の訴外永田は、無料で銘柄診断を行うなどとして巧みに原告と接触し、五〇〇万円の投資資金を一年間で必ず一〇〇〇万円にするなどと、明らかな虚言を弄して原告を勧誘しており、また、信用取引における空売りによって利益を得ることができるなどと称して、五〇〇万円の投資資金しか有しない原告に対し、年会費が二四〇万円も必要となる総合プロジェクト会員への入会を勧誘し、しかもその際に、原告が右会費の残額一六〇万円の支払も困難であるという資金状況にあったことを知っていたのにも拘わらず、その半額の支払を猶予するなどと甘言を用いて入会させており、そうすると、右運用資産の額に照らして右顧問料は明らかに高額に過ぎるといわざるを得ず、右顧問料をも考慮すれば、右資産の合理的な運用では原告が利益を得ることは不可能であるというほかないところであるから、訴外永田の原告に対する勧誘行為は、社会一般の通念に照らし、顧客獲得のための勧誘行為として許される限度を超えたものといわざるを得ず、詐欺的で違法な勧誘行為として、不法行為を構成するものというべきである。

したがって、被告葵経済研究所は、その従業員である訴外永田の右不法行為に基づいて、使用者責任を負うものというべきである。

四  原告に生じた損害について

1  原告の行った決済注文が執行されなかったことによる損害

丙一三、一四号証によれば、三菱銀行株式の同年八月一四日の始値は一株一七七〇円であり、伊勢丹株式の右始値は一株一一一〇円であったことが認められ、既に認定したとおり、原告が実際に右建玉を決済した際の株価は、いずれも右の一四日の始値の額よりも高騰していたから、右両株式を信用売建していた原告は、同月一三日に行った原告の右建玉の決済注文が執行されなかったことによって、右高騰分に相当する損害を被ったものというべきである。

そうすると、原告は、右注文不執行により、三菱銀行株式については、その一〇〇〇株分につき一株四五〇円(二二二〇円と一七七〇円の差額)、一〇〇〇株分につき一株四三〇円(二二〇〇円と一七七〇円の差額)、一〇〇〇株分につき一株四一〇円(二一八〇円と一七七〇円の差額)の合計一二九万円の損害を被り、伊勢丹株式については、その一〇〇〇株分につき一株二〇四〇円(三一五〇円と一一一〇円の差額)、その二〇〇〇株分につき一株一九〇〇円(三〇一〇円と一一一〇円の差額)の合計五八四万円の損害を被ったことになり、結局、その損害額は合計七一三万円となる。

2  訴外永田の不法勧誘による損害

既に認定し説示したとおり、原告は、被告葵経済研究所の相談会員に入会した際にも、総合プロジェクト会員に入会した際にも、訴外永田から不法勧誘を受けて入会し、その結果、合計一六四万八〇〇〇円の会費を支払うことになったものであるから、会費として支払った右額が、訴外永田の不法勧誘によって原告が被った損害になるというべきである。

五  争点3(過失相殺)について

1  既に認定したところによれば、平成四年八月一四日には前記の原告の注文は執行されておらず、したがって、当然に執行された旨の原告に対する報告もなかったのであるから、原告は、右注文の不執行を知っていたというべきであるのにも拘わらず、その後、取るべき手段がないと思い込んで放置していたというのであるが、原告は、投資顧問業者からは助言を受けるだけであって、株式取引において注文を行うのは原告自身であることを理解していたのであるから、右注文が執行されていないことが判っていた以上、訴外中田に対して、その執行を強く促し、注文の不執行に対して抗議するなどの対応を取るべきであったということができ、既に認定したところによると、原告が右のような対応を取って、より早期に原告の建玉の決済がなされていれば、右に認定したところまで損害が拡大することもなかったといわざるを得ず、そうすると、原告が右注文の不執行を知っていながら放置していたことは、原告の落度として斟酌せざるを得ないところであるというべきである。

したがって、前記認定のとおり、原告が証券取引に精通しているものとはいえない主婦であることなどを勘案しても、原告の右四1の損害については、過失相殺としてその五割を減額すべきであるというべきである。

2  また、既に認定したところによれば、原告は、被告葵経済研究所と投資顧問契約を締結する以前に、東山経済研究所という投資顧問業者の会員となった経験があり、投資顧問業者は投資判断などに関して助言をするだけであって、その助言に従った取引を行って損失を被ったとしても投資顧問業者に責任を問うことができないことを知っており、また、被告葵経済研究所から送付された投資顧問契約書にも同様の規定があることを認識していたのみならず、右契約書中にはクーリングオフ条項があることをも認識していたのであって、それにも拘わらず、訴外永田の勧誘に安易に応じ、さらには、右勧誘の内容と右契約書の条項が齟齬しているのに、安易に総合プロジェクト会員になることを承諾しているのであるから、原告が訴外永田の不法勧誘によって右損害を被るに至ったことについては、原告にも右の点で落度があったといわざるを得ず、これを過失相殺として斟酌せざるを得ないものというべきである。

したがって、原告の右四2の損害についても、過失相殺としてその五割を減額すべきであるといわなければならない。

六  以上によれば、原告の請求は、被告ユニバーサル証券に対し、証券取引委託契約上の債務不履行に基づいて三五六万五〇〇〇円及びこれに対する履行の請求をした日の後の日である平成五年一月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、被告葵経済研究所に対し、注文執行妨害の不法行為に基づいて三五六万五〇〇〇円、不法勧誘の不法行為に基づいて八二万四〇〇〇円の合計四三八万九〇〇〇円及びこれに対する不法行為の日の後の日である平成五年一月一日から支払済みまで右同様の遅延損害金の支払を求める限度で、それぞれ理由があることとなる。なお、被告らの右債務は、三五六万五〇〇〇円の支払債務の限度で、いわゆる不真正連帯債務になるものというべきである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 貝原信之)

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